スライドショー

C.I.の覚書

コンタクト・インプロビゼーション(接触・即興)の覚書。

(・・)
感性と観念

C.I.を初めてやる人にとって混乱しがちなのは、相手がどういう意識で踊っているのか、だ。 接触をする時、人はどうしてもそこに意識(観念)を覚えてしまう。善意で行われたものなのか、悪意で行われたものなのか。それは、ルールを提示しなければ混同してしまいがちだ。

だから、C.I.をやるときは、やる前にきちんと「ここにいるみなさんは、善意でほかの人と接触してあげてくださいね」という趣旨を説明しなければならない。

(・・)
ルールと自発性

インプロだからといって、ルールがないわけではない。このルール化が、形式化につながるわけだから、インプロをルール化するというのは一つの形式を作ることにほかならない。形式から脱しようと思っても、ここには「身体」という普遍の存在があるためにルールから逃れることはできない。

明確に区別するならば「自発性」という言葉を使うべきだろう。 インプロは、ある一定のルールに基づいて、そこにいる人(パフォーマー)が自発的に行為を行うことである。

ここで、「インプロだからルールはない」とか「インプロだから技術はいらない」ということは言えない。ただし、その敷居を限りなく低くすることは、非常に重要なことである。

つまり、ルールをオープンにすることである。これをしなければ、途端にクラスはヒエラルキー構造を持ち、師匠と弟子の関係が築かれてしまう。すると、自発性はなくなり、師匠(マスター)の言うことに従うことになってしまう。 したがって、インプロとは自発性を最大限に高めるためにルールを設けるわけである。

(・・)
演劇論

また私は、「自発性」を形式と上手く接合する演劇理論をまだ見たことがない。 「自発性」が一つの虚構だとしても、完成された理論がない限りは、当面の間「自発性」に関する議論や理論がリアリティを持つことは当然のことだろう。