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演劇におけるリアリズムの日欧比較4

ここで象徴的に日欧の差異が明らかになる。
平田オリザの仕事は、確かにリアリズムのそれである。舞台で使う言葉ではなく、日常で使う言葉を用いることで、「リアル」を表現する。それは一つのリアリズムであるが、日本国内での評価は高くなく、フランスで評価を受けていることを考えていただきたい。

西欧はフレームワークを前提とした直接話法によるリアリズムを志向し、日本ではフレームワークを前提としない直接話法によるリアリズムを志向していると言うことができる。

つまり日本においては「私があなたに対して演じる」ことがリアリズムなのであり、ミメーシス性の高い身振りがリアリズムなのである。その種類としては指呼表現、歌、踊りが挙げられ、歌舞伎や能を見ればそこには、物語の内容ではなく「俳優がいかに演じるか」が問われることになる。

西欧的な「いかに演出家が解釈するか」ではなく、「いかに俳優が演じるか」が日本的な評価軸と言える。コミュニケーションの方法としては言葉による伝達ではなく、表象的知による伝達が多い。そのため、日本では戯曲よりも俳優の知名度やコードが重要視されるようになったのではないかと筆者は考える。

漫画やアニメを見ても、重要視されるのは原作ではなく記号である。つまり原作は書き換え可能で、共通の記号をどれだけ多様しているかが日本においては評価の対象となるのである。

岡田利規の作品を見ても、それが現代人の使う「言葉」であるから評価をされたわけではない。その身振りが現代的であったということが重要なのである。

日本においては、ミメーシスは物語内容の模倣ではなく指呼や身振りによって示されるのである。そこで、日本の舞台芸術は西欧のそれと比べて、ミメーシス性が高いといえる。

そこで日本のリアリズムは文学的なリアリズム、つまり直接話法の中のリアリズムではなく話者の身振りのリアリズムなのだ、と言うことができないか。