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『演劇学の教科書』から読み解く3

第七章 演出--問い直される系譜
「(・・)大きなちがいは、公衆=観客がもはや「人間の塊(マス)」としては考えられなくなった点にある。」 p503

結論
「現代演劇の上演=再現は、演劇的なイリュージョンを後追いする後衛としての神話的地位を引き受けるよりも、役者と観客との共存を利用してその演戯(ジュ)を生み出している。(・・)それはなによりもまず、文化財を受動的に消費するだけの立場から観客を救い出すことであり、観客を舞台作品に向かい合う批評的な主体、共同創作者の地位につかせようとするのである」
p585

[読解]
『演劇学の教科書』ではたびたび「観客といかなる関係を取り結ぶか」が演劇の根本原理であると説いてきた。それは、一つには劇場という枠組みが社会と分断され、単に演劇愛好家だけが通う場所になってしまったという点にあるだろう。

もう一つには、近代演劇がモダニズム的な地盤に立脚し「観客に教育する」立場(=クリエーター)としての「演劇」が「社会教育」という指針と合致してきたからだといえる。しかし現代に入ってきたときに(ほかの芸術ジャンルもそうだが)創作者から観客に向かって情報を与えるような形式が破綻してくる。そのときに観客の創造への参加が必要になってくる。

これは上に挙げた「演劇愛好家だけが通う場所」になってしまったことと関係があるといえる。つまり、劇場はメディアとしての役割を失い、劇場で起こる関係性はパフォーマンス性を失ってしまったということである。

この失われたパフォーマンス性を取り戻すために、演出家は観客を「驚かせる」準備をしなくてはならないし、逆に舞台上に「事件の当事者」を持ち込もうとする。大食漢の観客が、それでも「新しい経験」するためには、自らが創造者となって、何度も再現されているパフォーマンスから自分にとって有力な情報を自らの手によって拾ってこなくてはならないのだ。