■おわりに
記号論の分析手法からスタニスラフスキーの『俳優修行』を読む、ということが成立していたかどうかは、議論の余地があるだろう。しかし、我々が「演劇」に対して無意識的に感じているものの多くはコードである。
そしてそれはスタニスラフスキーが築いたところが大きい。演劇だけにおよばず、映画、テレビドラマと「演じること」のコードは「なりきること」に寄っていると考えることができる。
21世紀的な演技論があるとすれば、マスメディア、インターネットメディア以降の演技の方法論であろう。しかし、演劇の発信者―受信者の態度はメディアのそれとは異なる諸特徴を帯びている(俳優の演技が常に自己再帰的であることなど)。
ここから「演劇だけの」記号理論を引っ張り出すことができれば、演劇における記号論は大きな成果を演劇または社会に与えることになるであろう。
演劇における記号論の研究はいまだ十分に進んでおらず、支持することができる文献も限られていたために、十分な考察ができたとはいえないかもしれない。
「テンポとリズム」や「交感」など、スタニスラフスキーの大きな功績は、それを評価する他の文献に譲ることにした。ここでは他の方法論との比較のために「自然主義」の記号論的特性を論じることに注力した。 演劇における記号論研究は、今後確立されることが期待される。